奇跡の図鑑

学研の図鑑シリーズは子供の時に初めて買ってもらった図鑑の一つで、昆虫が最初に分解し、その後魚も分解したので、実物は残っていない。その後、化石に興味が移り、中学生の頃愛読していたのは星・宇宙だった。実家で現存しているのは、鳥と植物の図鑑。

自分の子供が生まれてから買ったのは小学館のNEOシリーズだった。イモムシ・ケムシは自分用に買った。ちょうど遊泳行動を調べ始めた時だった。

学研の図鑑との出会いから40年以上の時を経て、丸山さんから図鑑作成の協力の打診があった。もちろんお手伝いすると答えた。聞くと白バック生体写真で掲載するとのこと。水生甲虫の分担とのことで、だったら遊泳毛が写る水中白バックにしたいと言ってしまった。その後、渡部さんも協力してもらえることになり、水中白バック大賛成とのことで、方向性が固まった。

話があった時、白バック写真は興味はあったが、やったことはなかった。水生昆虫を水中で撮影する場合、背景に色があった方が背面の色や毛が写りやすいことは、経験をしていた。まずは練習してみようということで、休みの日に普通種を採集してきて、自宅で撮影してみた。皿に入れると、泳ぎまくり、止まらないことに気づいた。足場を工夫し、模様のある種はなんとか写るようになったが、黒い種は真っ黒になった。マルガムシの点刻列やヒメセマルガムシの細点刻がほとんど写っていない。これはマズイと思った。それ以前にカメラの設定がダメだった。

写真の色々な方向性を統一するため、長島さんがオンラインで講座を開いてくれたので、それに参加した。ストロボとディフューザーの位置関係、カメラの設定(感度、色補正)など、それまで適当にセットしていたのだが、とりわけ感度は100、RAWで保存は、考えもしないことだった。それ以前は、感度はオートで、JPG保存をしていた。あと、自分の撮影する写真はなんで赤味が出るのかと思っていたが、これも設定で解決した。講座のおかげで、水に入れない白バックも撮影方法を知ることができた。あと、大きいのが撮影後の写真の処理で、影をどうするのか考えもしなかったので、これも初めて知ったことだった。それ以前は消しゴムでそれっぽく処理していたので。

甲虫は種数が多い上に、途中で撮影方向が固まったこともあり、初期の写真は使えないものが出た。それでも撮影隊がめげずに進められたのは、明確な目標があったからだと思う。

当初心配していた水中白バックの難しさは、若手メンバーが試行錯誤して解決してくれた。とはいえ、たくさん撮影して奇跡的に写った写真を採用することが多く、確実に写るようなものではなかった。彼らの熱意のおかげで写真が揃ったと思う。

図鑑の制作も難航を極めていることは、一部を見ていた私にも作業の遅れからなんとなくわかった。甲虫も遅れていたと思うが、その段階で編集がほとんど進んでいないグループが他にあったので。出る日を聞いた時には、本当に出るんだ。。。と半分嬉しく、半分不安な感じになった。

さて、このたび出版された丸山宗利(著)「昆虫学者、奇跡の図鑑を作る」は6月に出版された学研の図鑑新版LIVE昆虫をメインにした図鑑の制作記である。全体を監修・執筆した丸山さんでなければ書けない、プロジェクト開始の経緯からメンバー集め、昆虫集め、写真撮影、編集、完成への経過が記録されている貴重な一冊である。ほんの一部に関わった私ですら、写真1枚にまつわる出来事があるぐらいなので、実際には盛り込めなかった事柄もあるのだと思う。読んでみると、他の分類群ではこんなことがあったのかと、初めて知ることも多かった。また、関係者の証言となるコラムもあり、依頼を受けた側の思いなども読むことができて、とても面白かった。ほとんどの人が制作に関わるまで、本格的な白バック写真を撮影したことがなかったのだと、驚き禁じ得ない。普通に考えたら無謀な挑戦にも見えるが、編集・総監修・副監修がしっかりしていたから成功したのだとも言える。良い図鑑です!